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名古屋高等裁判所 昭和52年(う)90号 判決

被告人 寺尾直行

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

被告人に対し、公職選挙法二五二条一項の選挙権及び被選挙権を有しない期間を二年に短縮する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、名古屋区検察庁検察官事務取扱検事塚本明光名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴趣意第一の論旨について

所論は、要するに、本件において、被告人が原判示安藤準二を含む合計一七七名の各宛名人に対しそれぞれ原判示の法定外選挙運動文書一枚ずつを郵送に付したことは明らかであり、しかもこれらの文書がすべて通常の過程を経て支障なく当該各宛名人に配達されたものと推認するにつき、その妨げとなるような特段の事情は存しないから、被告人が右法定外選挙運動文書合計約一七七枚を右安藤準二ら一七七名に配布して頒布した旨の本件公訴事実はすべてこれを優に肯認できるのにもかかわらず、原判決が、一七七名の各宛名人に対して郵便で発送された右法定外選挙運動文書約一七七枚のうちの一五枚についてのみ、これらがそれぞれ原判示安藤準二ら一五名のもとに到達したことを認定できるとして、右の限度で頒布の事実を肯認し、爾余の約一六二枚についてはこれらの文書が当該各宛名人のもとに到達したことを認めるに足りる証拠がないとして、これが頒布の事実を認定しなかつたのは、重大な事実誤認の違法を冒したものであり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そして、記録によれば、所論の指摘のとおり、原判決が、本件公訴事実につき、「被告人が、竹内たき子に命じて、名古屋北郵便局から原判示安藤準二を含む合計一七七名の各宛名人に対してそれぞれ本件の法定外選挙運動文書を発送させたことはこれを認めることができるが、これら約一七七枚の文書のうち、その宛名人に到達したことが証拠により明認できるものは原判示の約一五枚であつて、その余の約一六二枚については、これらが当該宛名人のもとに到達したことを認定するに足りる証拠がない」旨の判断をしたことは、原判決書に徴して明らかである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して、原判決の右事実認定の当否を検討すると、原審及び当審において取り調べた各証拠を総合すれば、

(一)  被告人は、宅地建物の取引を営業の目的とする大曾根不動産株式会社及び寺尾商事株式会社の各代表取締役で、昭和四九年六月二四日当時、愛知県下の宅地建物取引業者約四、三五〇名の組織する愛知県宅地建物取引業協会の北支部(同日現在における同支部所属の正会員数は一八五名で、その商号、氏名及び所在、住所等の詳細は記録三八~四四丁参照)の支部長の地位にあつたこと、

(二)  各都道府県の宅地建物取引業協会の全国組織である全国宅地建物取引業協会連合会においては、昭和四八年一二月一二日ころ、昭和四九年七月七日施行の参議院議員通常選挙に際し、日本社会党全国区公認候補者田中一を推せんすることを決定し、これに伴い、前記愛知県宅地建物取引業協会においても昭和四九年一月二一日ころ前記田中一候補の推せんを決めたこと、

(三)  愛知県宅地建物取引業協会の専務理事藤田亀は、同協会事務職員小通礼子、同田中新らをして、昭和四九年六月三〇日に予定されている前同候補者の愛知県下における選挙演説会に来聴を求める趣旨の本件文書約四、四〇〇枚を作成準備させたうえ、同月二一日ころ、同協会傘下の各支部長四三名にあてて、それぞれ当該支部所属の正会員数に応じた枚数の本件文書を郵送または手交させたこと。

(四)  被告人は、前示愛知県宅地建物取引業協会北支部の支部長として、同年六月二四日ころ同協会から郵送されてきた前記文書約一八五枚を自己の主宰する大曾根不動産株式会社において受領し、間もなく、同会社において同会社の事務員竹内たき子に対し、同支部所属の会員名簿に基づいて各正会員の商号、氏名及び所在、住所等が印刷記載せられた封筒に本件文書一枚ずつを封入して、これを各正会員に郵送するよう指示したこと、

(五)  被告人の指示を受けた右竹内たき子は、前同日、前記北支部所属の正会員一八五名のうち、右大曾根不動産株式会社及び寺尾商事株式会社その他六名の会員を除くその余の正会員一七七名に宛てた前記各封筒に本件文書各一枚を封入し、これらを名古屋北郵便局に差し出し、右一七七名の会員中、同市北区内に住所、事務所を有する会員一四四名に対する封書一四四通については区内特別郵便により、また、同市北区以外に住所、事務所を有する会員三三名に対する封書三三通については普通郵便により、それぞれ郵送に付したこと、

(六)  右のように、竹内たき子が被告人の指示に従い区内特別郵便及び普通郵便によつてそれぞれ郵送に付した前記郵便物のうち、原判決の別紙一覧表の被頒布者欄掲記の一五名に対する各郵便物が、同年六月下旬ころ、それぞれその宛名人に対して配達されて到達したことは、当該被頒布者本人またはその関係者が原審公判廷等において逐一確認するところであるが、他方その宛名人に到達したか否かが未だ当該宛名人本人またはその関係者の供述等により明確にされていない残余の郵便物一六二通についても、差出人のもとに返送されてきたものは皆無であり、しかも本件当時、前記郵便物の各宛名人の住所、事務所の所在地を管轄する関係各郵便局における郵便集配業務はおおむね正常に遂行されていたこと、

以上の各事実を優に肯認することができ、記録を精査しても、右認定を左右するに足りるような証拠は存しない。そして右認定のような事実関係のもとにおいては、被告人が右竹内たき子をして郵便に付させた本件文書一七七通は、それぞれ通常の過程を経て、支障なく当該各宛名人のもとに配達されて頒布されたものと推認するのが相当かつ合理的であり、右推認を左右するに足りる特段の事情は、これを認め得ない。

そうとすると、本件公訴事実は、原審及び当審において取り調べた証拠により、頒布文書の枚数等の点に至るまですべてその証明があるものということができるから、右認定と異なり、原判示の一五枚についてのみ文書頒布の事実を認定し、爾余の一六二枚についての頒布を肯認しなかつた原判決には、検察官所論のとおり、事実誤認の違法があることに帰着し、しかも右誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。それ故、原判決は右の点で破棄を免れず、論旨は理由がある。

よつて、控訴趣意中量刑不当の論旨に対する判断を省略して、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条に則り、原判決を破棄するが、本件は、原審及び当審において取り調べた証拠により直ちに判決することができるものと認められるから、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所において更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、愛知県宅地建物取引業協会北支部の支部長で、昭和四九年七月七日施行の参議院議員通常選挙に際し、全国区から立候補した田中一の選挙運動者であるが、同候補者に当選を得させる目的で、同年六月二四日ころ、同候補者の氏名及びその選挙演説会に来聴を求める旨を記載した文書約一七七枚を、名古屋市北区辻本通二丁目二〇番地所在の名古屋北郵便局から同市同区楠町大字如意一、八九八番地安藤準二方など一七七か所に封書で郵送して、同人ら約一七七名に配布し、もつて、法定外選挙運動文書を頒布したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示所為は昭和五〇年法律第六三号公職選挙法の一部を改正する法律の付則四条により、右法律の改正前の公職選挙法二四三条三号、一四二条一項に該当するから、所定刑中罰金刑を選択し、所定金額の範囲内で被告人を罰金二万円に処し、右罰金不完納の場合につき、刑法一八条に則り、金二〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置すべく、なお、諸般の情状、とくに、被告人が本件において頒布した違反文書の枚数が約一七七枚の多数にのぼることなど、犯行の規模やその態様等に徴しても、本件がこの種事犯として特段に軽微な事案であるとはとうてい認められないこと、その他この種事犯に対する他の量刑等をも参酌したうえ、公職選挙法二五二条四項を適用して、同条一項所定の選挙権及び被選挙権を有しない期間を二年間に短縮し、原審における訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文に則り、その全部を被告人に負担させることとする。

以上のほか、原審弁護人らの、本件文書が前記公職選挙法一四二条一項所定の法定外選挙運動文書に該当しない旨の主張並びに被告人の本件所為は、犯意を欠くばかりでなく、愛知県宅地建物取引業協会北支部長としての職責にかんがみ、まことに已むを得ない行為で、本件所為にいでないことにつき被告人には期待可能性がなかつた旨の主張に対する当裁判所の判断は、原判決の説示と同趣旨であるから、ここにこれを引用する。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤本忠雄 服部正明 川瀬勝一)

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